こんばんは。キタダハルキです。
今日はもらったブドウをもりもり食べてたんですが…皆様はいかがお過ごしでしょうか。
今回のお題は、ちょっと抽象度をたかめて…
”いいアルバム”って、具体的にはどういうことなのか?
というテーマでお話ししたいと思います。
■巧いから、ヘタだから…これだけでは決まらない。
まず、よく言われていることですけど…
- 巧いからと言っていいアルバムとは限らない
- ヘタだからと言って悪いアルバムとは限らない
これはまぁ、たしかにそうだと思います。一枚とかでなく、すぐに思い付きます。特に前者は角が立つんで言及は避けますけども…
その一方で、この両者の価値観のどっちかで偏っている状態も良くないと思っていて。
要するに、巧いからこそいいアルバムになっている作品は当然当たり前のようにあふれているし、ヘタなせいでつまづいてしまっているアルバムも相当数あるわけです。
■具体的には、どういうポイントで"いいアルバム”と判断しているか。
では、具体的にどういうポイントで私自身が”いいアルバム”と判断するかというと…
楽曲の求めている像に合っていると”感じさせられたかどうか”。こういう日本語になるんじゃないかと思っています。
要は、やりたい楽曲スタイルに対して、表現技術がガチっと噛み合っているのかどうかということです。例えば、荒々しい感情表現をしようとしているのに、四角四面に収まってしまったパワー不足的な演奏だと違和感があるし、反対に精緻に弾けててなんぼ、っていうメロディの粒立ちだったりリズムを求めているであろう楽曲なのにグシャってなってたらそりゃヘタクソ、ってなってしまうわけで。
もっとも、いま私が話したようなことを”わざと”やったのであれば、それはまた別の映り方をするわけですよ。違和感をつくるための”敢えて”と言いますか。もちろん、これが伝わるにはそれこそセンスが必要で、一歩間違えたら技量・練度不足の言い訳みたいになっちゃうわけです。
■あくまで、直感が先。それを言語に落としたらこうなったという話。
ここまで話してきてなんですが…
今まで話してきたことは、あくまで”良い・悪い”と直感的に思ったことを言語に落とそうとするとこうなった、という話で、まったくもってこの段階にならずに封印しちゃった、とか、再検証するまでもなくサイコー、みたいな解像度のままの事柄もたくさんあります。
ただ、このブログでやっていることは”音楽のフィーリングの伝達”という作業も担っているので…自分の感じた脳内をどれだけ正確に形にしていけるか。そこが発信者として考えていくべきポイントのひとつだと私は思うんですよね。
それでは、今日も最後までお読みいただきありがとうございました。
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■前回の『○○ってなんだ?』記事はこちら。
↓前回の当カテゴリの記事はこちら。音楽用語で日本語的響きだけは近いけど全く別物のジャングルとジャングリーについて、調べて解説してみた記事です。