「めまい」がするほど美しい一枚です。
ゆらゆら帝国のめまい/ゆらゆら帝国 2003年2月26日
バンドをやってる友達
ドア
恋がしたい
通りすぎただけの夏
とある国(インストゥルメンタル)
からっぽの町
ボタンが一つ
冷たいギフト
星になれた
こないだご紹介した、「ゆらゆら帝国のしびれ」と同時にリリースされたこの一枚。
※「しびれ」についての記事はこちらからご覧いただけます。
こちらはしびれとは対照的に、ゆらゆら帝国の「美しい」一面を前面に押し出した作品。もっとも、それでもサイケな面はちょこちょこ顔を出していますが…だからこそ、美しいというダイレクトな表現じゃなくて、「めまい」っていう迂回しつつも正確な表現、になったんでしょうけども。
なんせ、いきなり「めまい」がするような面食らった感じを味わうことになります。
■確信はないけれど、自分の中に生まれた「何か」。
なんと、一曲目のボーカルはゲストのJun*1。坂本氏はほぼ、コーラスのみの登場。これをタワレコやらで視聴で聴いたら「再生ボタン押し間違えたか?」って思いかねないですよね。
ただ、楽曲を聴いていると、この空間まみれ(楽曲を通してずーっと鳴ってるのはベースぐらい)の中でフィットするのは、Junのフラットかつ温度感の薄いボーカルかなと思います。
友達がいる からのフロアーで
君は踊ってた まるでオモチャのように
恋人の歌 バンドがやってた
僕の記憶が 合ってるとすれば初めてギターに触れるような
本当に恋をしてるような
もう一度何かやれるような
不思議な気分さ(バンドをやってる友達/ゆらゆら帝国)
この「フワフワ」した気分が、全体を通して漂っています。確信はないけれど、自分の中に生まれた「何か」を、緩い温度感とともに伝えてくれる、まさに「不思議」な癒しのある楽曲だと思います。
■嫌な事も含め全部、受け入れる覚悟があってこのドア、開くのか?
一方で、こちらはシリアスかつシンプルなロックバラード。シンプルながらも、そう感じさせないヘビーさも併せ持った楽曲です。
なんというか、このバンドとしての高い強度と緩さを両立しているところがゆらゆら帝国の魅力だと思います。いわば、入っていけるスキを残してくれているというか。だから、聴いているうちに自分自身が溶け込んでいけるんですよね。
未知なる海へ漕ぎ出そう
流れに身を任せてみよう
見た事ない国へ行こう
居た事のない時を行こう
空から街を見下ろそう
斜めから空を見上げよう時には恋をしてみよう
嫌な事も 含め全部純粋な目で見れるかい? お前が開けたドア
夢中で好きになれるかい? とりあえずこの世界(ドア/ゆらゆら帝国)
それはさておき、ドアという「スタート」の象徴ですが…明るく描かないところがさすが、と言いますかね。だって、始まったからといって、イイことばかりではないですもんね。嫌な事も含め全部、受け入れる覚悟があってこのドア、開くのか?っていう覚悟を問われている…このアルバムのキーストーンとなるナンバーだと思います。
■「ウキウキ」してるはずなのに、切なさの残る楽曲。
これはもう、ドストレート。坂本氏がメインボーカルじゃないこと以外は。(ボーカルはTICAの竹田カオリ。)恋がしたいというウキウキ感が「歌詞」からは滲み出まくっています。
なぜ鳥が歌を唄わないの?
今恋をしてるのに その目はほら
どうして花や草がおどらないの?
今恋をしてるのに その目はほら
見つめているよ
繋がれてるよ あの飼いならせない白馬が
格子のなかで 閉じ込められてるそいつの鎖を
ほどいて 鍵をはずしてほしい(恋がしたい/ゆらゆら帝国)
が、なんでしょうね、この切なさというか。武田カオリから漏れ出てくる「ウッキウキ」とは真逆のフィーリングは…もっとも、このアルバムの先の楽曲を聴いていけば、どんどん明かされていく、って感じですかね。
※ちなみに、この曲のホーンセクションなどの導入されたファンクなサウンドは、ラストアルバムの「空洞です」へとつながる流れやな、と感じました。
■寂寞感にトドメを刺す一曲。
ドストレートに恋がしたい、と言っていたはずが、その後の流れは寂寞感の嵐が吹き抜けていくことになるんですよね。いろんな夏が終わり、すべてが無用になり…そしてその寂寞感にトドメを刺すのがこの「ボタンが一つ」。
なんせ、この子供のボーカルがとんでもないですわ。淋しい。とにかく寂しい。
感情発火装置
夕べの電話も噓
すっかり乾いたハンカチーフ
ボタンが一つ
ボタンが一つ意味のない夜
疲れはてた
この恋は二人を変えた
悲しいことだけど(ボタンが一つ/ゆらゆら帝国)
ほんと、調(メインメロディーはメジャーC)だけがヘンに明るいから余計に悲しい、と言いますかね。この「混沌」したフィーリング(音像はスッカスカなのに、心の中はグチャグチャ)、まさにサイケデリックですよね。恋の終わりを描いた楽曲の中でも、ホント異色の楽曲だと思いますね。
■冷酷に試されてるけど、「ギフト」というあたたかみ。
今までの楽曲の流れを請けて…いいことの後の悪いこと、この流れを受け入れられるか?とシンプルに「試されてる」楽曲ですね。で、試されてるっていうと、ものすごくシリアスなことなんだけど、なんというか「あたたかみ」も私はこの楽曲から感じてましてね。
間奏を彩るトイピアノのようなメロディ、三番で入ってくる全体コーラスの子供の声…あとは乾燥しているけどあったかいスネア、トゲが取れているギターの歪み…
なんというか、冷酷に試されていることは間違いないんだけど、それから受け取るものは「ギフト」なんだ、という温かさを感じられる楽曲だと思います。
■「羽を磨いてる」のは、もしかして自分自身…?
で、最後を飾る壮大なバラードナンバー。もうね、美しすぎる!初めて聴いたときほんま、泣きましたもんね。正直、この美しさを味わっていただくだけでも十分なんですが、歌詞も美しいんですよね。
羽が生えた 人達は
とうに飛び立ってしまった
星になれた 綺麗な
もう 触れはしないような
だけど今も 側で 羽を磨いてるような(星になれた/ゆらゆら帝国)
「試されてる」ところを乗り越え、飛び立って星になっていった人たちを見ながら、もう触れないのか…と思いつつ、でも、その「気配」「残り香」のようなものは感じている、っていう感じですかね。ただ、もしかすると、その「羽を磨いてる」のは他でもない自分自身で、飛び立とうと思えば飛び立てるんじゃないか…そんなところまで感じさせる、美しいナンバーです。
■ポジだけでなく、ネガまで受け入れて「美しさ」に辿り着く。
このアルバムは前半モチーフが「明るい、ポップな像を描きやすいもの」として恋が挙げられていましたけど、いわば、そういう「ポジなもの」だけでなく、「ネガ」まで受け入れられる覚悟を決めて飛び立った時に、美しいという境地に辿り着けるんだ、っていうことなのかな、と思いました。
もっとも、ここまで考え込まなくても美しいサウンドに酔いしれるだけでも価値のある作品だと思いますので、ぜひ一聴してみてほしいと思います。
★この記事で紹介した楽曲はこちら。
<アルバム>
*1:ママギタァ所属。現在、坂本慎太郎氏主宰のレーベルに所属中。